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四兄弟的媽

手紙-日文

2008年11月05日
<時代の宿命>

1945年、十二月二十五日。
友子。
太陽がすっかり海に沈んだ。
これで、
本当に台湾島が見えなくなってしまった。
君はまだ、あそこに立っているのかい?


友子。
許しておくれ、この臆病な僕を。
二人のことを、けして認めなかった僕を。
どんな風に、君に惹かれるんだったっけ。
君は、髪型の規則も破るし、
よく僕を怒らせる子だったね。

友子。
君は意地っ張りで、新しいもの好きで。
でも、どうしようもない位、
君に恋をしてしまった。
だけど、君がやっと卒業したとき、
僕たちは戦争に敗れた。

僕は敗戦国の国民だ。
貴族の様に傲慢だった僕達は、一瞬にして、
罪人の首枷を科せられた。
貧しいいち教師の僕が、
どうして民族の罪を背負えよう?
時代の宿命は、時代の罪。 
そして僕は、貧しい教師に過ぎない。
君を愛していても、
諦めなければならなかった。






<不思議なステップ>

三日目。
どうして君の事を思わないでいられよう。
君は南国の眩しい太陽の下で、育った学生。
僕は、雪の舞う北から、海を渡ってきた教師。
僕らはこんなにも違うのに、
何故こうも惹かれ合うのか。
あの眩しい太陽が懐かしい。熱い風が懐かしい。
まだ憶えているよ、君が赤蟻に腹を立てる様子。
笑っちゃいけないって分かってた。
でも、赤蟻を踏み様子がとても綺麗で、
不思議なステップを踏みながら、
踊っているようで。怒った身振り、
激しく軽やかな笑え声。

友子。
その時、僕は恋に落ちたんだ。

<遠いところへ>

強風が吹いて、台湾と日本の間の海に、
僕を沈めてくれれば良いのに。
そうすれば、臆病な自分を、持て余さずに済む。

友子。
たっだ数日の航海で、
僕はすっかり老け込んでしまった。
潮風が連れて来る泣き声を聞いて、
甲板から離れたくない。
寝たくも無い。

僕の心は決まった。
陸に着いたら、
一生海を見ないでおこう。
潮風よ。何故泣き声を連れてやってくる?
人は愛して泣く、
嫁いで泣く、
子供を産んで泣く。

君の幸せな未来図を想像して、
涙が出そうになる。
でも、僕の涙を潮風に吹かれて、
溢れる前に乾いてしまう。
涙を出さずに泣いて、
僕は、まだ老け込んだ。
憎らしい風。
憎らしい月の光。
憎らしい海。
十二月の海は、どこか怒っている。
恥辱と悔恨に耐え、
騒がしい揺れを伴いながら。
僕が向かっているのは、
故郷なのか。
それとも、故郷を後にしているのか。

<むすめへ>

夕方、日本海に出た。
昼間は頭が割れそうに痛い。
今日は濃い霧に立ち込め、
昼の間、僕の視界を遮った。
でも、今は星がとても綺麗だ。

憶えてる?
君がまだ中学一年生だった頃。
天狗が月を食う農村の伝説を引っ張り出して、
月食の天文理論に挑戦したね。
君に教えておきたい理論がもう一つある。
君は、今見ている星の光が、
数億光年の彼方にある星から
放たれてるって知ってるかい?

うわぁ。
数億光年前に放たれた光が、
今、僕達の目に届いているんだ。
数億年前、台湾と日本は、
一体どんな様子だったろう。
山は山、海は海。
でもそこには誰もいない。

僕は、星空が観たくなった。
虚ろやすいこんな世で、
永遠が観たくなったんだ。

台湾で、冬を越す雷魚の群れを見たよ。
僕はこの思いを、一匹に託送。
漁師をしている君の父親が、
捕まえてくれることを願って。

友子。
悲しい味がしても食べておくれ。
君には解るはず。
君を捨てたのではなく、
泣く泣く手放したということを。

皆が寝ている甲板で、
低く何度も繰り返す。
「捨てたのではなく、
泣く泣く手放したんだ」っと。

夜が明けた。
でも僕には関係ない。
どっち道、太陽は濃い霧を連れて来るだけだ。
夜明け前の恍惚の時、
年老いた君の優美な姿を見たよ。
僕は髪が薄くなり、目も垂れていた。
朝の霧が舞う雪のように僕の額の皺を覆い、
激しい太陽が君の黒髪を焼きつくした。
僕らの胸の中の最後の余熱は、
完全に冷め切った。

友子。
無能な僕を許しておくれ。

<虹>

友子。
無事に上陸したよ。
七日間の航海で、
戦後の荒廃した土地に、
ようやく立てたというのに、

海が懐かしいんだ。
海はどうして、
希望と絶望の両端にあるんだ。
コレが、最後の手紙だ。
後で出しに行くよ。
海に拒まれた僕達の愛。

でも、想うだけなら許されるだろう?
友子。
僕の想いを受け取っておくれ。
そうすれば、
少しは僕を許すことが出来るだろう?

君は一生僕の心の中に居るよ。
結婚して子供が出来ても、
人生の重要な分岐点に来るたび、
君の姿が浮かび上がる。

重い荷物を持って家出した君。
行き交う人ごみの中に、
ポツンッと佇む君。
お金を貯めてやっと買った、
白のメリヤス帽をかぶって来たのは、
人ごみの中で、
君の存在を知らしめる為だったのかい?

見えたよ。
僕には見えたよ。
君は、静かに立っていた。

七月の激しい太陽のように、
それ以上、直視する事は出来なかった。
君はそんなにも、静かに立っていた。
冷静に努めた心が、一瞬熱くなった。
だけど心の痛みを隠し、心の声を飲み込んだ。
僕は知っている。思慕という低俗の言葉が、
太陽の下の影のように、
追えば逃げ、
逃げれば追われ。
一生。

あ、虹だ。
虹の両端が海を越え、
僕と君を、
結び付けてくれますように。
<野生の薔薇>

君を忘れたフリをしよう。
僕たちの思い出が、
渡り鳥のように、
飛び去ったと思い込もう。

君の冬が終わり、
春が始まったと思い込もう。
本当にそうだと思えるまで、
必死に思い込もう。

そして、
君が、遠に幸せである事を、
祈っています。